サヨナラだけが
花に嵐の喩えもあるぞ さよならだけが人生だ
出会いと別れのこの季節によく聞くフレーズです。もともと誰の詩だったかな、と思っていた所この間、井伏鱒二(井伏氏といえば国語の教科書に載っていた山椒魚!)が唐詩を訳したものだと判明。意味としても人生別れもあれば出会いもある。この瞬間を大切に。というような意味合いみたいですね。私としては、もっと潔いイメージを勝手に持っていたのですが。長年曖昧にしていた知識が正しく上書きされましたが、知らないほうが楽しめることってありますね。
最近みたNHKの番組で興味深かったのは、様々な芸術家たる表現者は20世紀では表現方法がほぼ出尽くしているところがあるけれども、言葉についてはあまり踏み込まれていなく、そこを研究すると新しい芸能や哲学が生まれる可能性があるかもしれないというような内容でした。特に日本語は研究しがいがあるような気がするのは私が日本人だからでしょうね。日本語って奥深いと思うのですが。
ことば・・・、現代詩に決して詳しい訳ではありませんが、メジャー所で谷川俊太郎とか寺山修二とか好みです。柔らかくてどこか虚無感のある響きが美しいと思うのです。
冒頭の詩を寺山修二が詠っています。
さよならだけが 人生ならば
また来る春は何だろう
さよならだけが 人生ならば
人生なんかいりません
(別に人生に疲れている訳ではありませんよ。)
ヨシオカ
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